■見えない男 ■スープ ■不時着 ■スケジュール
■机上の空論 ■4×4 ■急降下

見えない男
<イメージの出発点として・・・>
真夜中である。男は本を読んでいる。
夜の緊張感が全てを飲み込む沈黙の中で、突然ネジを巻くような音が聞こえた。
その瞬間!
男は本の中に自分を見つける。
不審に思い本を閉じる男。気がつくと男は見知らぬ部屋の中にいた。
ネジの音はさらに大きくなる。
ゆっくりと部屋の中は闇に包まれていった・・・。

<この作品を通して語り得ること>
本作品は、孤立した小作品を『ある男』の夢や幻想として並べていくことによって、一つのストーリーとしています。
その『男』の夢や幻想を通して、時にはコミカルに時には恐怖として自分の“存在”について考えます。
自分の意志で全てを決めているつもりであったが、実際には存在しない男。
その男を通して自分の不確かさを浮き彫りにしていきます。
その断片が、『現代を生きるごく普通の人間』=『私』=『観客』の記憶とオーバーラップし、自己についてどこまで理解し得るのか?その可能性を探ります。

スープ
<イメージの出発点として・・・>
初めて来るレストランだった。
レストランの窓からは、コンクリートの高い壁が延々と続いているのが見える。
男は何故ここにいるのか、いくら考えてみてもつかみ所のない液体のように曖昧なままである。
目の前には一杯のスープが置かれていた。
スープからは温かな湯気が立ち上り、沸き立つ泡が絶え間なくスープの表面を揺らしている。
スープを口にする。
豊かな香りとは裏腹に全く味のしないスープ。
男は自分の味覚を疑った。すると予期せぬ微かな味が舌に感じられた。
「この味は!」自分の味覚の記憶を探し出す。
次第にその味覚に換気され覚えのない記憶が次々のわきあがってきた。
しかし、どの記憶も始まりと終わりの部分が曖昧でどうにも要領を得ない。
コンクリートの壁が少し低くなったような気がした。
あたりを見ると全ての物が少しずつ床に溶けていた。
男もその中に沈んでいく。床は液状になって男を机もろとも飲み込んでいく。

静かなレストランの中で私は空のスープ皿を見つめている。

不時着
<イメージの出発点として・・・>
一列にゲームのこまが並ぶ。ゲーム盤にその駒を配する。
プロペラ、机、椅子、水筒、鞄、帽子、ゴーグル、操縦桿・・・。
ある男もその上に置かれた。
男は軽く空を見上げ、歩き始める。
ゲームのルールのもと、予期せぬ物語が始まる。

<作品テキスト>
周りの世界が、身に覚えのない所になる。
知らない土地に不時着したようにそこまでの過去が消えてしまう。
そこには記憶を共有する人は誰もいない。
だが、それは自ら望んでいたことかもしれない。
それはあたかもゲーム盤の上で繰り広げられるゲームのようだ。
勝敗が決まった瞬間を境に、世界は崩れ何もなかったかのようにまた新しい試合が始まる。
敗者になってしまった自分もまた同じスタートラインに立てる。
連鎖を断ち切りゼロに戻す。自分のことを誰も知らない場所へ行き、すべてをやり直す。
そこにはとても魅力的な響きがある。通ってきた道に選択肢が他にもあったかもしれない。
もっと違う人生があったのではないか・
しかし、人生が連鎖ではなく繰り返されるゲームだとしたら。
失敗や敗者であることを受け止めず、砂をならすように何もかも消し去れるとしたら、自分という存在価値を見出すことは難しくなるだろう。
新しい道を歩き出した自分はゲーム盤の駒に過ぎなくなっている。


スケジュール
<イメージの出発点として・・・>
腕時計を見て時間を確認する男。
時間どおりにこの信号を渡れなかったのは初めてのことだった。
信号が変わり歩き出すと、何となく街がいつもと違うように見えた。
交差点の真ん中に立ち止まり、あらためて辺りを見回してみるが、何が違うのかは全く分からない。
男はまた歩幅を確認しながら人ごみの中に消えていった・・・。


机上の空論
日常の中にあるテーブル。
家族の団らんや仕事場での会議など日々の生活の中で中心となることの多いテーブル。
そのテーブルを軸にヒトの関係性を描く。
近くにいながら別の次元で活動する個人。
テーブルを挟んでお互いに見つめ合いつつ違うものを見ている。
テーブルの上に別の空間を設定して多次元の世界の状態を描く。
その階層状の行き来を通じて日常のスキマ、裂け目から世界のルールを捉えていく。
そしてその様々な次元、空間の有り様をテーブルという家具に象徴させていく。
その全ての行為が机を介在しつつも、イメージとして消えていく。
その行為と次元を並べつつ時間を紡いでいく。




4X4
<イメージの出発点として・・・>
街角に立って信号を待っていると、隣に並んでいた女性が声を掛けてきた。
「なぜ、1×1=1なのですか?」私は突然の質問に困惑した。
無表情ではあるが、ふざけている訳ではなさそうだった。
私は少し考え、答えを告げようとするとその女性はその場からいなくなっていた。
信号が点滅を始めている。
慌てて渡りながら、今の質問について考えてみる。
そして、普段当たり前だと思っていることの仕組みを探し始めた。
不意に後ろから先程と同じ質問が聞こえてきた。
今度はきちんと答えようと振り向くと、そこに立っていたのは「私」だった。


急降下
<イメージの出発点として・・・>
煙草屋で夕刊を買い、何気なく空を見ると一本の飛行機雲が見えた。
その軌道をつくっているのが飛行機ではないことに気付く。
人だ!私はあまりの出来事にしばらくその軌道を見つめた。
きちんと正装をして、宙を舞う男。
男は私と目が合うなり、私に向かって急降下を始めた。